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「いのち」を食べる私たち

「いのち」を食べる私たち(ニワトリを殺して食べる授業―「死」からの隔離を解く)
村井淳志 教育史料出版会

本のタイトルが目に入り、するっと手に取った。
読んだら・・・鶏肉食べられなくなったりして。と思ったり。
今、こんなもの読んでいいのだろうかという思いもあり。

結局半日で読んだ。つるつると。興味深い内容であった。

もし、自分が親になって、子供が小学生か中学生になり、その教師が
「ニワトリを殺して食べます」
と言ったら?
私は賛成するだろうか。反対するだろうか。

本の内容はだいたい理解できたのではないかと思う。
私はもう大人だし、生き物を殺す場面にショックを受けるかもしれないけど、
それが心の傷になるような、割り切れないほどほど子供ではない。
実際にはどうなるか分からないけど。
でも大丈夫なんじゃないかなと思える程にニワトリの屠殺は合理的に描かれていた。
人にとっても、ニワトリにとっても。
分からない、知らないということで恐怖が増加することはある。
知ってしまえばこのくらいの怖さ。と観念することが出来る。
案ずるより産むが易し。とはよく言ったものだ。

他の生物の命を奪いながらでないと生きられない。
そう理解して生きている自覚はある。
食べることの話はそれとは切り離せない。
「いただきます」の挨拶の意味も分かってきた。

ただ思うのは、他の生物の命を奪いながら生きるのは、
それは生きるためで、ごく自然なことではないかと思う。そうしなければ生きられない。
他の生物の命あっての自分の命。生かされているということ。
それが感謝とか、命を大事にするということなのではないかと思う。

たまたま今は人が一番上の消費者になっているけど、その上がいれば無論食われる。
あるいは施設で養殖されたり、工場でコンベアの上に載せられて切り分けられるかもしれないし、
手伝いをさせられたりかわいがられたりしたかもしれない。
SF小説なんかであるような事態がおきても不思議ではない。
今はたまたま最終消費者。
そんな風に思う。

でも、この本はそういうこと言っているのではなくて、
子供の命の捉え方が変わってきているということで、
そこからニワトリを殺して食べるということだった。
子供の「死」からの隔離が命に対する感覚をおかしくさせているのではないとある。
命を感じるためにニワトリを殺して食べるという逆説的な、ショック療法のような。
感覚的にそれはとても分かりやすいのではないかと感じた。
今ははそう思えるけど、子供を持ったらどうだろう。
時代が違えば、家で飼っていたニワトリを食べるという場面はめずらしくないだろう。
私自身は経験が無いが。
そういうこともあるんだって、教えることができるだろうか。

よくわからなくなってきた・・・
子供ができた時にまた考えよう。

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2009.06.10 | | Comments(0) | Trackback(0) | 本 学術

村上昭子の漬けもの

村上昭子の漬けもの
村上昭子 家の光協会

らっきょうの甘酢漬けを作ろうと思って、図書館に本を探しに行った。

いくつかある漬け物の本の中でこれはよかった。
載っている他の漬け物もとてもおいしそうで作ってみたくなった。
梅干し、柴漬け、福神漬け・・・

漬け物といってもいろんな人の書いた本があって、その中から一つを選ぶ時ってすごく迷う。
でも、思ったのは書いた人の思想が自分に一番似てるのを選ぶのがいいなということ。
料理本なんかの実用書では。

あんまり本格的で面倒なもの。自分には無理と思う。
かといって手抜き過ぎる作り方。やる気がおきない。
オリジナル全開で基本とはかけはなれた作り方。同じくやる気になれない。
基本に添っていて、何度もやってきた工夫の蓄積の上に簡単な手順で出来上がったレシピはいい。
と思う。自分に合っている。

この本はどちらかというと本格的な面倒そうなタイプだけど、
目的のらっきょうは簡単そうだったし、手順の説明も細かくてよかった。
本に載っている物どれもおいしそうでいろいろ作ってみたくなった。
いい本だ。母にプレゼントしたい。

漬け物は大好きだけど、塩分取りすぎになりそうでそれが気がかり。

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2009.06.10 | | Comments(0) | Trackback(0) | 本 料理

ホルモー六景

ホルモー六景
万城目学著 角川書店

以前、知らずに読み始めたら「鴨川ホルモー」の続編だったので、
一度断念した本作。
順番が来たので読んだ。

久しぶりだったので誰が誰だったか思い出すのに時間がかかり、
結局誰だったか思い出せない人物もいた。

番外編いろいろという内容。すごくおもしろくはなかった。
暇つぶしに読めばいいかなという感じで、2回は読まない。

分かりやすかったのは第六景。
というか他あまり憶えていない。
京都に対する関心は沸く。
京都と言う観光地で日常生活を送ると言うのはどのような感じか。

大学のサークルや集団活動は怪しくても怪しくなくても楽しい。
なんとなく入ってなんとなくハマってしまう。ということがある。
自分の場合どっぷりだったから。
その雰囲気がなつかしいのかも。
誰が誰を嫌いで好きかとか。
活動に対して妙に真剣になったり適当になったり。
けんかするとか。
そういうもの諸々でできている。



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2009.05.15 | | Comments(0) | Trackback(0) | 本 物語

ぼくには数字が風景に見える

ぼくには数字が風景に見える
タニエル・タメット著 古屋美登里訳 講談社

それは一体どんな風?と思い借りてきた。
ダニエル氏はサヴァン症候群でアスペルガー症候群。
彼の手記。

複雑な計算にすぐさま答えてしまう。
それがどんな感じなのかイメージがわいた。

彼のような脳に障害を持つ人たちが、どんな風に考えたり感じたりしているのか、
少し分かったような気がする。

そういうことを知っているか知らないか、それが大きな違いなんだなと思った。

私はこの人とは違うけど、たくさんある個性の可能性の一つとして、
私がこれから出会うかもしれないいろんな個性の人たちと、対等にいられたらと思う。

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2009.05.11 | | Comments(0) | Trackback(0) | 本 エッセイ

医学のたまご

医学のたまご
海堂尊著 理論社

雑誌の紹介記事を読んだのか、本屋で見かけたのか。
少し気になって読んでみたかった本。
図書館の本をまとめて予約する時に思い出し、忘れた頃に連絡が来て借りる。

解説によるとミステリーとあるが、そうは感じなかった。

いいなと思ったのは、主人公とその父親の関係。
離れているから自立していて、でもお互いに信頼していて、
父親が主人公を一個人として尊重している感じが良かった。
また、普通の親らしく心配して世話をやくところも。
こんな親子関係は珍しいと思うけど、
離れていても一緒に居ても、父親でも母親でもどっしりと子供を信じて
助けていければいいなと思う。

この著者はもっと他の作品が有名だろうけど、読んだことはない。
本は夫が持っているが、読むことはないかもしれない。かどうかは分からない。

「生物と無生物のあいだ」で知ったPCRという装置がこの本でも出てきて、
本当に医学とか生物学なんかには欠かせない発明なんだなぁと思う。
また読みたい「生物と〜」の方。

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2009.05.11 | | Comments(0) | Trackback(0) | 本 物語

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kiyokoです。
忘れっぽい性格です。
日々のナニゴトかを記憶に留めるべく、書いております。

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